2000年前後の食品の安全(その5)
2000年前後の食品の安全をくわしく調査してみると、なかなか面白い事に気がつきます。このサイトでは2000年前後の食品の安全の情報を書いています。また、2000年前後の食品の安全に関係の深いサイトの紹介をしています。
食品の安全というのは、これまでは意図しないところでおきるものという認識が大半でしたが、人為的な事件として連続的に発生するという異例の事態になってしまったのです。そして、2000年。何よりこの事件が日本にもたらした影響としては、模倣犯の発生です。これによって、大きく流れが変わっていきました。
日本の食品の安全は、徐々に崩壊の足音を聞くことになります。この事件は、北海道の大樹工場が生産していた脱脂粉乳が停電によって病原性黄色ブドウ球菌を増殖させ、それを元に雪印乳業大阪工場で作られた低脂肪乳を飲んだ人たちが食中毒被害にあったというものです。そしてその二年後の1998年、和歌山県でとある地区における夏祭りで、出されたカレーに毒物が混入しているという事件が発生し、4人もの死者が出ました。
1996年に連続してO157事件が発生した事で、日本における食品の安全に対し、疑問符が投げかけられるようになりました。これは、グリコ森永事件のような、自殺者などが被害者として出たものの、直接的に食品に混入された薬物による被害者が出なかった事件とは違い、防ぎようのないものでした。これは10年以上経った今でも未だに決着がついていない事件で、既に二度死刑判決が出されているという事からも、非常に大きな問題であった事がわかります。
雪印集団食中毒事件です。日本における最大級の有名メーカーが、死者を出す食中毒事件を生み出してしまった事で、食品の安全、日本における食の安全神話というものが完全に崩壊してしまいました。21世紀を目前に控えた日本において、現在の流れを決定付けた事件が発生します。
2000年前後の食品の安全の関連サイト・ブログでの関連記事紹介
食の安全トピックス
開設にあたって(2006年4月改訂) 東 京は下町の保健所で食品衛生監視員をして36年。食の安全確保と住民の健康にとって保健所の役割ということについて考えてきました。 96年にはO157による大規模食中毒事件が起き、2000年には、私の保健所の管轄内に …
www.saturn.dti.ne.jp/~sasai/sub1.htm
物流ITセミナー | 食品業界の今後の環境変化に適応する重要 …
… 変化に適応するために、どのように自社の本流や原価を把握するか、そしてどのように食の安全 … 2000年、富波システム研究所を設立。全国各地で講演、著書、各専門紙への執筆多数。 2008年、弊社 llp事業推進部 顧問に就任、現在に至る。
www.seino.co.jp/sis/briefing34
企業が提供する食の「安全」と消費者が求める食の「安心」 / SAFETY …
食”の安全についてのセキュリティ体制はあるか さて、2000年6月、乳業メーカーの最大手で、そのブランドを誰もが信用していた雪印乳業が管理体制のミスから黄色ブドウ球菌が産生するエンテロトキシンa型を原因とする有症者数1万4780名の食中毒事件を …
www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/j/01
食の安全
●危害・危険に対する情報提供の推進(東京構想2000) →遺伝子組換え食品をはじめとするバイオテクノロジー応用商品への、表示ガイドラインの作成と事業者による表示の徹底 〈参考〉 平成11年(1999年)、前知事時代に示された「東京都における食品 …
www.fuchu21.gn.to/tamanet/t_shiryo/t_shoku.htm
外食で、安全な料理を楽しむワザとは?
このところ「食の安全」についての話題が何かと取りざたされています。2000年のJAS法改正以降、すべての生鮮食品について原産地表示が義務づけられたのですが、最近は値段以上に産地をよく見て買い物をする方が増えて
www.so-net.ne.jp/carina/journal/news/0811/11.html
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